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『これが何だかわかるかい?琴子(ことこ)、』

曾祖母が飛行機模型を手に持って私に言った。

『ゼロ戦でしょ?』

『そう、正式には零式(れいしき)艦上戦闘機』

『へえ・・・』

『じゃあ特攻隊って知ってるかい?』

『特攻隊?・・・』

『そう、特攻隊。私の初恋の人はね・・・』


私はその日、初めて曾祖母と膝を交えて話した。



(´o`)п(´o`)п(´o`)п
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私は琴子、18歳の大学生。

大学生って言っても夢無し目的無しのひとまず進学。

私はいつも無気力で無関心、感情の起伏もあまり無い。

そんな私には曾祖母が居る。祖母も同居していた為、

曾祖母のひいおばあちゃんを縮めて"ひーちゃん"、

祖母を"おばあちゃん"と呼んでいた。

他人にも家族にもあまり興味のない私は、

今までひーちゃんの人生を知る事も想像する事も無かった。

そんなある日、珍しくひーちゃんが私を部屋に呼んだ。


『なに?ひーちゃん、珍しいね』

『琴子、忙しいのにすまないねえ』

『別にいいよ、で、どうしたの?』

『ダンボール箱を1つ調達してくれないかしら?』

『ダンボール箱? 何を入れるの?』

『これだよ・・・』

ひーちゃんはベッド脇の棚にある飛行機模型を手に言った。


『なんでダンボール箱に入れるの?』


ひーちゃんは少しの間をとった後、こう言った。


『これが何だかわかるかい?琴子(ことこ)、』

『ゼロ戦でしょ?』

『そう、正式には、零式(れいしき)艦上戦闘機』

『へえ・・・』

『じゃあ特攻隊って知ってるかい?』

『特攻隊?・・・』


(´o`)п(´o`)п(´o`)п
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ひーちゃんは話しを続けた。


『私の初恋の人は戦争に行ったの、ゼロ戦乗りだったの。

今も最後に見送ったあの人の背中を覚えてる。

私が18歳の時だった。今のお前と同じ年の時ね。

しばらくしてあの人が亡くなったと通知が届いたの。

最後は特攻隊に志願したって書いてあったわ。

悲しい、寂しい、悔しい、虚しい、全部だったわ。

でもそんな事も言ってられないくらい大変だった。

みんな、今日を生きるのに必死だったよ。

それから数年経ってお前のひいじいちゃんに出会ってね。

ひいじいちゃんは戦時中に工場でゼロ戦を造っててね。

勿論、私は初恋の人の事を全部話したわ。

そしたらひいじいちゃん、


"その方も私が造ったゼロ戦に乗ったかもしれませんね"って。


私の全てを受け入れてくれてね。私達は結婚したの。

偶然にも、私が愛した人は二人ともゼロ戦に携わる人だった。

それから三人の娘に恵まれてね、その一人がお前のおばあちゃん。

決して楽じゃなかったけど、賑やかで幸せな暮らしだったわ。

でもひいじいちゃん、主人は結核で40歳で亡くなってね。

私はまた愛する人を失ってしまったの。


その時たった一度だけ、自分の運命を呪ったわ。


でもやっぱり、いつまでも悲しんではいられなかった。

なんせ3人の娘が居るからね。必死で必死で働いたわ。

この子達を守らなきゃ・・・て。

でも長女が、お前のおばあちゃんが中学校を卒業する時、

こう言ったんだよ。


"お母さん、今まで私達を守ってくれてありがとう。

これからは私も働いてお母さんと妹達を守るよ" って。


その時にね、気づいたのよ。

私は娘達を守らなきゃってばかりだったけど、

守られてたのは私の方だったんだなって。

あの人も主人も亡くなってはしまったけど、

あの人や主人が守ってくれたものが巡り巡って、

今も私を守ってくれてるんだなって』。


時間にしてたった4~5分のその話が、

私には1時間にも2時間にも感じられた。

いつも無関心な私の心の底に静かに溜まった沈殿物に、

その中心に串を刺されてぐるぐる掻き回される感覚だった。


恋人が戦争で亡くなる?

大切な人が病気で亡くなる?

一人で子供を育て上げる?

悲しむ暇もなく必死で今日を生きる?

今、目の前にいる人はそうして生きてきた?

なにそれ、なにそれ?


勉強はそれなりにできて知識もそこそこある私なのに、

今まで得た語彙力なんて何の役にも立たないくらい、

頭の中で何の整理も、想像さえもできなかった。


その時ふいに、ひーちゃんが言った。

『琴子、大丈夫?』

『うん、大丈夫、で、それから?』

『それからは娘も皆成長して、それぞれ結婚もして、

"お母さんは今まで苦労したんだからもっと楽して"

って言ってくれて、守られてばっかりの人生だったわ。

そして最初の孫、お前のお母さんが生まれて数年後、

長女、お前のおばあちゃんが一緒に住もうって言ってくれて。

そして初曾孫のお前が生まれて。申し訳ない程幸せな人生だよ』


ひーちゃんの顔はとても穏やかだった。

私は自分の頬に涙が伝っているのにも気づけなかった。


『そう言えばそのゼロ戦、どうしたの?』

『お前の従弟の功(いさお)の小学生時代の夏休み工作でね。

何やら賞を貰ったとかで私に見せに来てくれてね。

その日はたまたま私の誕生日で"何が欲しい?"て言うから、

"それが欲しい"って言っちゃってね。でも快くくれたの。

本当に偶然、功が持ってきたゼロ戦だったけど、

あの人と主人の心に、もう一度触れられた気がしてね』


『そっか・・・ひーちゃんの宝物だったんだね。

それで何でまたダンボールにしまうの?』


『この間の地震の時にゼロ戦の上に物が落ちてね、

ゼロ戦が壊れそうになっちゃったのよ。その時に思ったの。

こんな年になっても、まだまだ何かを守りたいなって。

だからまずはこのゼロ戦を守るの。私の新らしい一歩ね』


『ふうん、でも他にもいい方法あるんじゃない?』


『あら、こういう時はダンボールが一番なのよ^^』


そう言うひーちゃんの目はとてもキラキラしていて、

私の理屈っぽい考え方なんて不要なんだと納得できた。

ひーちゃんはひーちゃんの感性でダンボールに決めたんだ。


するとその時・・・


『お母さん、入るわよ』

と言って私のおばあちゃんが部屋にやって来た。

すると続いて

『おばあちゃん、入るわよ』

と言って私の母も入ってきた。

何故か二人とも一抱えほどのダンボール箱を持って。


あれ・・・?

と顔を見合わせるひーちゃん以外の3人・・・


『ひーちゃん、まさか皆にダンボール頼んだの?』


『うん、そうよ。一番丈夫な箱にゼロ戦入れてね、

他の箱も全部ちゃんと使うから、みんなありがとうね』


と悪げもなくニコニコしながらそう言った。

するとみんなもケタケタと笑い出してしまった。


『も~おばあちゃんたら、そうならそうと言ってよ~』


ダンボール箱とゼロ戦を囲んで、

久しぶりに揃った女4世代でひと時を分かち合った。


(´o`)п(´o`)п(´o`)п
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その日の夕食後、リビングで母と二人になった時、

私はふいに母につぶやいた。


『お母さん、私、戦争とか特攻隊とか、わかんないの。

ひーちゃんの初恋の人の事とか、ひーおじいちゃんの事とか』


すると母はこう言った。


『それはお母さんも同じ、私にもわからないわ。

戦争とか特攻隊とかには色んな考えや捉え方があるものね。

でもお母さんこれだけは思うの。

ゼロ戦乗りだったおばあちゃんの恋人も、

工場でゼロ戦を造ってた貴方のひーおじいちゃんも、

家族や大切な人や国を守る為に闘ってくれてたって。

そして誰かに守られたら、その事を忘れちゃいけないって。』


『うん、そうだね、私もそう思う。

・・・・・・・・そうだ、あのね、

私、丈夫なダンボールを調達してくる。凄い丈夫な箱!』


『そうね、おばあちゃん喜ぶわね』


『うん、おやすみなさい』


『はい、おやすみなさい』


FIN